天下の組織の活動は


見ず知らずの武蔵という若い農夫に無視されたのである。
思えば父健一の人生も、頑なに世間を見ようとしない、保守、節制、粗食の人生であった。
趣味遊びの余裕があるわけもなく、大病後の契約社員の安月給では家族を背負っているのがやっとであった。
脇目も振らずに、農家の相続を守るためだけの節約人生であった。
テレビさえ一目も振らぬ寝るまでの生活闘争人生であった。


謙虚、正直、節制、善良日本国民というのなら、市中一番と言ったっていい。
思い上がらない方正な国民というのなら、尊敬すべき皇室の立派な方々にも決して劣らない。
そして父と母は、年金をもらってゆとりのある老後の生活というものを一日たりとも知らずに亡くなり、呆けてしまっている。


コピー係りの姉も弟も当然つましく育って、趣味遊びも人並みに知らない、人前で歌もあまり歌えないような、不器用で質素な控えめな人柄であった。
姉は奨学金をもらってようやく看護婦さんになったのであるが、まもなく二度のくもまっか出血で働けない人間となっていた。


コピー係りも、長く人の世の安定した生活も知らず、運動の迷惑に苦しみ不法活動を非難し続けるだけの人生であった。
運動を法の秩序に基づいてあくまでも否定してきたという意味で、終始一貫している。
曽祖父武蔵、父健一、そしてコピー係り、と血は繋がっていないようだが、きまじめに地道に、人に蔑まれるまでに、おとなしく、人の世の栄華から遅れて生きてきたものである。