日本という国は世界に珍しい特長を有している国である。


世界に並ぶ歴史と人口のある国であるが、唯一森林率を高く保持してきている。
類例がないほどに国土の多面積に森林が広がっている。
これだけの人口経済大国が、その割合に少ない耕地で間に合ってきたのは、代々の米作一本主義によるものといえよう。
古い歴史の街道は、だから広々とした平原にはなく、山際か谷地にあることが多い。
たとえば、岩手の北上市花巻市近辺でいえば、江戸時代までは北上川周辺の平原は牧か原が多く、古街道は山沿いの煤孫横川目清水寺蜂神社と通じていたようである。
田村麻呂の蒼前が斃れた所という神社や正史に唯一頼朝が登場する歴史現場の跡などが、途切れなく街道筋に並んでいる。
今の国道沿いの賑わいは、江戸時代に新規に拓かれた街道であり、町並みである。
花巻市地域の賑わいは、今は田んぼだけの風景が広がっている清水寺の門前近辺にしかなかったといわれている。
水田は天水や河水を利用できない。
必ず立って顔を洗えるような、裏山からの通し水がなければならなかったのである。
今は水を川からくみ上げて用水化していて、はるかな農村風景の方が多く見られるようになっているが、日本の農村風景は、ふるさとの牧場や畑地の地平線に至る風景の記憶を持っている西洋人の眼には、どうしても窮屈なものであったろう。
米を作って出さないと、農家として一家を構えることが許されなかった日本国であった。