橋本先生、菅先生に頼まれたと思ってがんばっています

  ドロヤナギの木の芽。子孫繁栄力膨大の樹種である。怠け者では公園管理できない。一帯の木が大学で見たことのある一巨木の子孫ではないかと考えている。これは宮沢賢治が苗木を配ったものだという学校敷地内の樹の子供であったか。スコッブで少し汗を流さないと素早く盗み取れない孫生え苗木である。




 頼むぞ、と玄関先まで挨拶に来られたと確信しております。


 恬淡として世界全体、正不正の実体を直視し、人道の重大問題を率直にテーマとし得る心構えにないと、ここの文面と出会っても感慨が薄く、素直に共鳴していただくことも少ないのかもしれない。


 日本国は平和であり、警察治安もトッブレベルに高く良く、福祉、医療、相談等国民保護制度も手厚い方ではないだろうか。
 このような平和状態一般での大量事件というものには、必ずペテン的対人関係が先立っているのである。
 情報によって国民が明るくなるということは決して無駄なことではない。それどころか正しいありうべき終着のために通らねばならない途である。


 芸能人に似た人等に簡単に親しんでだまされているようだという報告がある。同級生の友釣り作戦に釣られてしまって歩かされている若い女性もいるようである。
 国民側が全く自主独立に調査企画して逞しく女性に声を掛けたことはない。並んでいると思って自殺行為に走っても現実には犯人側を喜ばせ太らせているだけである。
 地下活動に責任ある国民保護活動はないと決め付けるべきである。