昔の農村では、入国者と移動者は安定した食料そのものの供給を受けているのでなければ

生きていけなかったであろう。
 ある所では、毎日のように大量の汚液と遺物の排出が目撃されていて、地下室におけるかなりの犯罪的な振る舞いが疑われていたようである。
 どのようなことがあったかは知れないにしても、食料の生産と供給が行われていたのであれば、それは馬鹿にならない毎日の大量解体勤務であったことは想像される。
 日本人は世界に珍しく肉食を忌む民族であったから、山野で何かの解体焼肉場面を見るとびっくりして、すぐにおぞましい食人事件に短絡してしまうことがあったかもしれない。 西洋モンゴル辺りでは毎日一般の風景なのであろうが。 肉食となれば、日本国内でもいろいろな狩猟があり得る。 川なら魚もあろうが、鳥でも食べたであろうし、ウサギも猪も狸も熊もいる。
 しかしこの場合、そのような地域の狩猟術で間に合う毎日の供給量ではない。 集落に職業収入のない移住者の家庭が何軒あったか。 最初から家屋敷に預かった人は好かったのである。 金を貰っても店もない世の中であった。 
 作業員は何を解体していたのか。
 トナカイである。
 他には、何軒もの家族の毎日の食料を安定して供給し得るような背景を探せない。 肉食社会の文化キャパシティがなければできないことである。
 皆様各位は今はや80歳を越えたと思われる大労働の作業員の方に感謝あるべきものと考える。