現・うつつを抜かしている。 うつつ・正気があってこんな運動を担っていられるものではない。

 常識が無い、非常識、となじられたことがあったのかもしれない。
 常識哲学の郷里グラスゴー大学が、イギリス最北の都市区域にあるが、その背景によって回されたものなのかもしれない。
 また、アメリカ革命前に現れたトーマス・ペインの、その名もそのままの Common Sense が、アメリカの歴史の発端の巌として永遠に輝いている。
 昔に、わが般若実体を、正気な者でない、人の世の常識に劣る、と広言して、面のない者にしてくれた心根の者でなければ、組織活動の終の運命の相手方として待ち受けるに値しない。
 アメリカ国民の常識こそは世界を根底的に改革する、と叫ばされたこともあった。