中国の詩文学史においても、惜別は大きな題であった。

 当るも八卦と思われるかもしれないが、簡単に、赤壁の賦近辺の因縁に発していると決め付けられようか。
 地下組織終盤ステージの今年、大力作の映画 「赤壁」 が製作発表されているのも偶然ではなかろう。
 三国志演義ほど日本に普及している外国文学は珍しいと言えまいか。
 中国本国においても一番の物語なのであるから自然なことかもしれないが、突出してこの一作品、他国の戦乱長編物が何度も翻訳され翻案され人形劇番組にもされアニメにもされているということは、少し奇異な感じのすることである。
 他には一切中国の文学には関心のないような広がりにおいてこのような流行が見られた。
 三国志のまじないを日本に向け送り続けたいという思惑が働いているのかもしれない。
 ところで、中国の詩文に惜別の賦や壮行の賦が多いということと、三国志まじないの送風工作とは直接は同精神のものではないと思われる。
 前者は、ある一団の惜別壮行の事実があったことを記念するべく、一国の詩文のモチーフ伝統を成すまでに至っていたということを示していると推理される。
 惜別を願う、というのではなく、壮行の事実を重大視して、三国日本の成立にむしろ最終的に協力したことを掲げ示していることなのかもしれない。
 この渡来団の発展において、日本を裏切るようなその後の活動があった訳でもない。
 大きいことをやってあげたから、後は構わずに存分に日本の歴史を作って下さい、というのがその時その対応の慮りであったように思われる。