昔のことを言えば、学問好きのどこかの女王様が物好きな魚釣りを仕掛けてたってことだろうか?


PCの前に座っているのは、無責任の耳と手であるが、耳には耳としていくらか心当たりが必要なことではある。


小国川沿い唯一の河岸段丘を所有していた岳部落の上の家の話の続きであるが、今までにいろいろと誤解がほどかれてきた。
女性達はいうまでもなく、社会活動家、女スパイとしてでなく、イギリス人の地下活動の組織の雇われ一員として、いわば、俳優として連れられ頼まれていたのである。
そんなこととは知らなかったのは武蔵である。
影の障り、気功術の思いつき、関東大震災時の日本国土初の外国人集団の反乱情報。
芸人みたいにして歩いている外国人を見ても、びっくりするほど怖いことであったのである。
当時、神経過敏になるようなデマが警察から流されたようで、新聞の一面に恐怖に震え上がるような残忍な犯行の数々が載せられている。


気功術について言うと、この運動は江戸時代から始まっている。
江戸時代から潜っているということであるが、ただ覗いて見ている、ということだけで穴があるのではない。
なにかしら人の世に触れる技術があるからである。
人の体に触らないで人を操る術というと、中国の気功術が魔術のようによく紹介されていたものである。
電気もなく、思い当たるものといえば、確かにこの気功術しかなかった。
この障りの悪戯についての揺るがぬ確信と、国土初の転覆事変で警戒心一杯の岳蔵の前に、山村にももの珍しい芸人風情で女性が立ち歩かされたのである。
本当に「イド」が歩いていると思ったのである。


小屋の中のことは組織員達にとって直接目撃できない舞台設定のようであるが、女性の取り調べ方については落ち着いた解釈があるようだ。
いうまでもないが、小屋は、一種電話機の送話口になるよう、予め穴を掘り進められていて、事件現場として用意され、予定されていたのである。
芸をやれ、と言われ、女性は無芸にも、思い切って、単純に「腕を振って足を踏んで、ワンツゥ、ワンツゥ」を始めたようである。
「五百回やれ、(嘘つきめ)」と言ったのであることが、よくわかる。


ついに、かの岳村事件は知れたようである。
あれやこれやと思い合わせれば、おぞましく匂わされた性犯罪はなかったと言い切れるようだ。
本当の事を教えて下さった先生方に御礼を申し上げたい。