風呂屋をやっいてビラを散らした罪

 
 日本国最南端のストーンサークル遺跡。



で流された者がいたという。
 下って明治末期の頃、九州から訪れて展開していた中に、みちのくの温泉旅館に勤めていた人がいたようだ。相手の男の人が、何がいいって、俺でない、ママさんがいいのだ、と語っていたという。ゆっくりとした人のようだ。
 どういう風にいいかというと、少なからぬ関係者を見回すと、丈夫で勤勉であるということは堅いようだ。典型的な骨身を惜しまぬ働き者。
 その娘さんがいい年頃になって、大正年度中にも西和賀町の農家に嫁ぎ、日本一のお母さんになったという訳である。


 少し場所を移して、飢餓伝説というのは全くの誹謗である可能性が高い。六部伝説とそっくりに文書にないことである。犬肉食習慣の珍しさからか、偏見的な風評が立ってしまって、何かの対応策を取ってしまったということがあったのかもしれない。
 前に書いたことであるが、工作的な飢餓食物目撃譚というのは、国際的普遍的に多用されてきた動員儀式であった。終戦直後にも、いくつかの因縁話用の遺物事件が企まれていたと聞いている。
 明治維新前の京都ハウルの館事件があった。アメリカではスーパーマンが空を飛び、日本では眉黒スターがシェーと大変身して月光仮面ウルトラマンなどになり離陸する。バットマンというのもあった。またかの者の家の奥義はノウ(No. I'm busy with my henpen. I won't run up illegaly with you.)であった。能といえば組織お好みの浜辺能、善知鳥安方があった。
 カナダ館というのは仕掛けたものでないかという推理がある。