一言で言えば、京都堺辺りでの西洋人のカルチャーショック的見聞に由来するようである。 本当の事のようで、西洋人の関係者間では有名な話であるという。

 「驚いた、着物の裾をはだけると皆そのまんまの裸だったんだよ。」 パンツをはいていなかったのである。 着物は等しく長い。 貧しさの故ではない。 中国でも韓国でもどこでも、殿様でも王様でも、東洋では同じ着物事情であったのであるが。
 その一般的事情が、西欧の宮廷ではショッキングなニュースであったのである。 少なくとも猿股、股引はあった。 江戸時代にはその絹製のものをパッチと呼んでいた。
 その血筋を語るものとしての王子様方の股引姿であったのであろう。