うOコという言葉はどこに原因があるのか

 差別軽蔑表現に使わせて、国民を戯けにも喜ばせようという、組織の魂胆が丸見えの作戦用語になっていることには間違いない。
 古く王庭でも口にされていたという情報がある。
 その場合、対象方角ははっきりとしていたのであろうか。
 日本人はそのような言葉を使ってまで人間を侮蔑する習慣にない。 何か人の世にいないものに向かって無念な時に発するばかりである。
 どのようにして、そのような汚物表現を当たり前のように日本人の口にさせることができたのか。 日本人の癖になってしまいかねない。
 あまり昔のことは見当も付かないが、京都のお庭に関連して何かのいわく因縁がスタートしたものと推理する。
 真実は、うOコは誇張虚偽報告にあった。 報告が嘘で誇大であったりすることは今も同じである。
 うOコでなく、泥であった。 池水は濁りに濁り・・・という事実が本当のようである。
 だから博多のどろ人形みたいな人を上げたというのであった。 (金の無い者に大きな博多人形を取らせられた事があったが、身に過ぎることで壊れてしまって失くなっているようである。) 
 色ぐろなばかりでなく、実際にも溺れかけた人を引き上げて、立たせているのであるような事を聞かされる。
 そして反射言葉のように、庶民の姿を眼にしては、また泥人形かと呆れられていたという。 谷間のダム湖の乾いたのを見せては、ひじ(泥)見るばかりのような味気ない感想を送られる。
 後は、何をもってそんなに誰かが決定的にうOコと呼ばれるのであるか、理由が一つも定かでない。
 日本人同士馬鹿し合いに夢中になっているうちに、本当の外国人にゆるゆると遊び戯られる、という仕掛けにはめられていないだろうか。