三陸北方の、海に臨んだ高原の端的な姿、その空気が極めて晴れがましく、ゆかしく思われたのではなかろうか。
三陸海岸はほとんどが、賑やかに忙しい、日本を代表するリヤス式海岸である。
その対照に見事にさっぱりとした海辺の岡の連なりである。
カメラマンは旅歩く方ではないが、犬も歩けば棒に当るで、二度ほどこの地の海浜地の高台を望見したことがあり、その記憶によってこそ教わることなのである。
松原真知子という名や、松林の奥中に潜むハウスなどというのも、その高台生活の記憶を語っている、尊敬すべき率直潔白なのであろうと考える。
更に推理を進めれば、この岡の状態は、前回の写真に写っているシリア、レバノン、イスラエル、シナイに至る地中海東岸の盛り上がりに似ていて、それによってこそ上陸部隊の眼を引いたのかもしれない。
この岡の連なりは、黒海方面からの洪水の流れによって運ばれた土石である、と想定されていた。
三陸北方の丘陵状態も北海道方面からの土石の堆積なのかもしれない。