Farewell to Gravity! アダムズとその仲間の物理学卒業を報告して、わざわざここに、今日明日の重力物理学研究に一切無関心であることを表明したい。

  Here is the end of the last one of big balloonings. 
  I am not to be engaged.  I am completely nonchalant.
 拘泥ない物理学の今一段の進展を願うばかりである。
 「いちめんはられたインドラのスペクトラ製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金で又青く幾億互に交錯し光って顫へて燃えました。」 ― 宮澤賢治 「インドラの網」 より。
 「プラグマティック」 な、慎重な理論の積み上げによる最終結論が夜も明けない内に早々と暗示されている。
 「けれどもどうもをかしいことはあの天盤のつめたいまるめろに似たかをりがまだその辺に漂ってゐるのでした。 そして私は又ちらっとさっきのあやしい天の世界の空間を夢のやうに感じたのです。 
 (こいつはやっぱりをかしいぞ。 天の空間は私の感覚のすぐ隣に居るらしい。 みちをあるいて黄金いろの雲母のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩に近づいたなと思ふのだ。・・・」 
 以上は、稀薄な空気の高原で、鍛えに鍛えたインド修行者の千里眼に捉えられた光の実相の表現である。 光は実際目に映らんばかりの一ミリ以下のものであった。 それに比べ原子の大きさと言えば、1000万分の1ミリの大きさ。 分子と比べてさえ、光は小人の国のガリバー以上に大きいものであった。
 この蜘蛛の糸の繊維を土台にしたかのように、表現の中味は、「願いの数はみな寂められている。 重力は互いに打ち消され冷たいまるめろの匂ひが浮動するばかりだ。」 とまで飛躍する。
 すでに古代ローマの時代にも、実践科学は人間の心、意識と感覚と感情が大脳中のコロシアム構造にあることを突き止め、ローマ中の公共建築物を実践科学の有意義なることに捧げていたのである。
 宮澤賢治先生 (1896-1933) は総合科の机を構えていた先人の一人であった。 
 現地インドは以後、重力魔術師の権威伝統の地となる。 オウム真理教教主の反重力浮遊実践もインド伝来のヨガ秘術であった。 魔術の場合、重力からの解放が行われるのであるが、真実は見えない糸で人体が釣り上げられているトリックであった。
 「(私は全体何をたづねてこんな気圏の上の方、きんきん痛む空気の中をあるいてゐるのか。)」 ― 全文章、同 「インドラの網」 からの引用。

   以上お笑い草、お慰みにも。