上の家分家西の家の者も奉仕精神ばかりの、牛の渾名が丁度の人達であった。

 この片岡で13回やれ、という命令が下される。 片岡は封鎖され、街道は元屋敷の浅瀬を渡るコースに変更される。
 「お前をもう一人の強姦殺人鬼一番星にしてやる。
 春夏秋冬人肉を喰らうしかない者にしてやる。
 伏せたままの、四歩も表を歩けない者にしてやる。
 百年も二百年も来る日も来る日も、自らに何の明日の報償もなく。」
 無償の奉仕であることにこそ手を打ちやすかったであろう。 
 籠の中に鳥が飼われるが如く、三本鍬あるいはフォークの形に伸びたトンネルの上に西の家は置かれる。 二本は表口側と裏口側に、一本は床下に。 この地下道を通って、毎日、地域の地下員が室内に現れ食事と一日の行動指示を与えていたのだという。 
 その無償の奉仕精神はどこにその値を置いていたのか。 白木埜壮行団の幸せに、であったようだ。 壮行団は海を渡り中国とロシアに入り、世界史の登場人物となる。 自分の望むことでなくとも、湯田町は湯煙を上げて大人数の子孫を世界と日本国中津々浦々に提供し続けているのである。
 日の光を受けて金環のようにも輝いて見える空の白い雲に向かって OK と言おう。 (名立たる者の末の世の夢にも。)