世界史の代表作である隣人愛のキリスト教を広めるために、組織はどのような魔術を駆使してきたか。

 地下あるいは物陰からの人声。
 ソクラテスのダイモニオン、心内で聞く神霊からの指示音。
 中国では知徳最勝の人のことを聖と書き表す。 聖とは、差し出された口ことばに耳の通りが良いことを表している。 賢くさといことを、聰と書く。 一所にいて耳で聞いてすばやくわかることを表している。
 奇跡の宗教キリスト教の確立の為にも地下からの言葉は多用されたに違いない。
 神のお召しという訳語の英語原語は calling であり、独語では Beruf である。
 声は顕現の奇蹟と共に使われて、キリスト教の布教と確立に決定的な役割を果たしたに違いない。 電燈以前の長い年月において、亡霊と幽霊と化け物は他人の世界の事ではなかった。
 内蔵用受信機の発明までは、例えば床下電話機とでも名付けられるような装置が利用されていたのであろう。 薩摩だロートルする、という言葉があった。 床下に潜って漏斗状の物を床板に押し当て、室内の者の言葉を盗み聞きし、また夢見のイメージと共に言葉を送り出していたのではなかろうか。 ビートルズの遥かから届けられるようなあの歌声は、壁越しに聞き取り録音していた(録音機がなかったのであれば、あのシェパード嬢の声のように、などとメモされていたのであろう)、あたかもジョン・レノンと小野ヨーコの男女ペアの会話を再生したものなのである。 瀬戸の花嫁の声は、ビートルズテレサ・テンやの歌声のように高調子であったのである。
 天使や亡霊の立ち現われというようなものは、幻燈の仕掛けによって、簡単に人の目を誑かすことができたであろう。 この小屋の中でこの小路専門の化け物映写技師をやっていたよ、などといった江戸明治の代からの証言を届けられることがある。 今なら完璧に地上の世界と隔絶した地下空間からの電磁波操作となっているが、昔は世界史背景もほとんど地上世間であったのである。
 しかしこの世界史把握運動の威力は、人の目にイメージを送って、人の思念を左右してしまうことにある。 内なる照明と言ったり、観音、観念と言ったりするのも、この映写術を介した「神知」との出会いを暗示している表現なのである。
 地中海沿岸各地、ローマ、ギリシャユダヤに広まったグノーシス主義というものは、宗教であるのであるが、固有の教団も教義もない実体定かならぬもののようである。 霊魂の神との神秘的合一を中心観念とする。 やがてキリスト教に入って一派を成すのであるが、奇蹟の宗教であるキリスト教の成立と発展に益する前環境となったに違いない。 世界史の企みであったと推理することができる。