一時女性と暮らしていた


河舟のようなものの窓辺に座っている女性の写真がある。
その女性と、洋風二階建ての建物の二階の部屋で暮らしていたようである。
繋いだ話の、誕生日の辻褄では、大正十五年二月に、その時に孕んだ赤ちゃんが生れ落ちたことになる。
手すりのある階段が側壁の出入り口に通じているような建物が写っている。
地階から関係者がわやわやと暴露的にあふれ出て来るような紹介がある。
何かの仕掛けがあった施設だったという情報であろう。


女性は縫製室に座っている。
何か手伝います、とたたんだりするぐらいのお客様であった。
産褥の苦しみの後、女性はもしかしたら農家に嫁いでいたのかもしれない。


若い時、珍しいお化粧洋装をして、何かの宴会に出席していたらしい。
花を食べていたというのだが、どういうことだろうか。


一人パーティの端に立っていて、何かのインタビューでも受けたのか、ファンと答えたという。
幻のようだと言ったらしい。