アンど運動のアンさんとは


今の王室のアン王女様のことではない。
ハノーバー朝直前のアン女王のことであろう。
20回以上も妊娠していながら、独りも跡継ぎを育てることができなかった。
よくアン女王に似た人が登場している。
上野の西郷隆盛像。家族は本人に似ていないと言っていた。
失礼ながら、島津様にも近く、昭和皇后様のかんばせの盛大さにも通じているようにも思われる。
南方熊楠。英国だけで認められていた。
棟方志功。海外で認められる。
皇太子妃雅子様のお顔がまた選ばれたように、お眼も大きく豊かで盛り上がっておられる。
うちの弟も、眼が大きくて、幾分北欧的に丸顔の顔形であった。
チなる者は、船上で、そのような立派な体格の女性とペアになりたいなと、ダンスパーティの観客になっていたという、昭和直前の後関わりを持たせられた者に過ぎないようだ。
ダンスパーティの主人公になる運命ではなかったようである。
ここでアン女王の遺志とでもいうようなものがあったと推察する。
生前中にも、私は地球を握る、と声明したであろうと想像していたが、今回は、私は死後もうんうんと地球子を産み続ける、と遺言したと推理する。
しかしアンそっくりのスターというのも、そんなには多くないようである。
あるいはアンの遺志、私が永遠に生まれ変わって、世界の私の地球子達とダンスができるよう。
というよりも、私が永遠に生まれ現れて、地球子を孕み産み育てるよう、という子持ち宣言であったのかもしれない。「自分の子供とダンスしたい」