人類の明日へのメモ 3


1. たとえば長島町の人たちが、コピー係りの周辺に恐喝的に用意されているとしても、それが必要な役立つことであって、その分必ずプラスマイナスに働いているということでもない。
結局、長島町の人たちをストーリー的に登場させたいというのが主旨なのであろうと思われる。


2.指差している者がいる如き運動の様相があるが、誰か一人のためにということはほとんど実のない、百五十年間の日本国地下運動であった。


3. 旧来の人達が、人間として堅く、イギリス組織に対して忠実であればこそ、イギリス組織活動とは異なって見える、民族エゴ活動が便乗的で嘘つきな卑しいものに思えて、敵対した人がいたのかもしれない。
その人たちの頭には、民族主義による発展というものは最初からなかったであろうから。
民族的由来もすっかり忘れて、ないことになっていた人たちであろう。


4.そのボジションにいる者は何なのだ。「まるぐ」者。アンカーマン。警察手帳。
運動の余所、結局いつまでも奥手、置くだけのもの。無能。対人的な「筋力」が少しでもあったなら、班長ぐらいには前に出ていただろう。Relax, 無口、無「筋骨」障害者。ただし、体の筋力なら負けないものを持っていたことがあった。
発端においても、運動を無視ししきって、天皇陛下の臣民たるを越えたことがなかった。