古代史妄想をついでに一つ。

 日本の建国史において、気になっていた言葉があった。
 今までの世界史企画背景の歴史の見直しにおいて、一つの解釈が成り立ってきた。
 「フツ」 という言葉である。
 歴史家の方の解釈に、刀が鮮やかに空気を切る際の擬音である、というものがあったが、擬音だけでは基本ワードとしての登場には小さすぎる。
 魏志倭人儀式の 「フッ」 そのものと考えられないか。
 本来 「フッ」 というものは、国内では一箇所だけにあるものである。
 その神社の建国の時代における役割と儀式実態を調べ直さなければならない。
 管理者は武人氏族である。
 何故宝剣と宝器の数々は埋納されなければならなかったのか、という未解明の謎がある。
 古代史のいくつかと照らし合わせると、思わぬ解釈が可能になる。
 ある事に気付いてから無邪気な日本は中国と決別し、150年もの長きの間絶縁している。 よほどの事ではなかろうか。
 大和日本は、魏志倭人呪術の呪埋葬儀式を秘密裏に執り行った。

 その儀式の有効であるべく、可能な限りの武器を集め 「フッ」 の弔いを行ったものと推理される。
 祈りの精魂が込められているような埋葬武器数の前例が出雲で発掘されていた。 執念と呼ぶべき力を感じさせる。
 そして、日本独特の四股。 呪術の足づかいであるという返閉。 同じ足づかいで舞う鬼剣舞というのもある。
 最早その意味をすっかり忘失し、意識することなく、日本人の多くは相撲を取り、舞を舞ってきたのであろう。