the Celestial City とは天上の都、また天国、エルサレムであり、 Celestial とは、昔の中国の、

という形容詞であり、the Celestial Empire とはずばり中国帝国のことである、と新英和辞典に載っている。
 中国を天上の国として考えた中国滞在の世界史情熱が存在していた。 これはまた世界史設計の各地域の各々の実質であったとも思われる。 
 (この靴小さくてよ。 玄人裸足という失礼が、奈良の東大寺の屋根の上に、この国の宿命のように掲げ示されているではないか。)
 三千年において、日本が中国の上に立ったことはなかった。 日本自らにもその意識の芽生えも予感も存在していなかった。 中国は芸術と道徳と宗教の尽きせぬ源泉、究め尽せぬ原典、至り得ぬ神秘なまでの教師であったのである。 
 日本にあるのは、寺院と城郭の画然たる建築美、和歌と日記の情感文学、そして埋もれつつある莫大量の服装ファッションと紋章のデザイン。 これらを、世界に誇る、と形容する自慢心もなかった。