英王室偽親子疑惑を迷探偵するの罠。

   北上市展勝地。 何とちょうど50年前の事を思い出した。 いろいろの事を思い出す桜かな、とはこの日の朝の桜見物であった。
   上の家の展勝地因縁の話に応じて菅原氏の次男の方が、新品角材の口上棟上げ式の応援に真っ直ぐに走って下さった日々が確かにあった。 その後長く展勝地寄りの木工所を経営しておられる。 この間も、空しいからかいみたいな仕事には違いないが、やはり真っ新角材のやり直し勤めをしておられたという。 周りの人には分からない事であったろうが、それには何と50年も前の若い短い日々の思い出があったのである。
   北上市に置かれた京都二条城の誠約束をデザインしたような江戸風情河岸風景。 港は川の向かい側にあった。
   北上市に置かれたものの一つ、旧家十手団。 怠け者を叩きのめしたかった千葉氏も、母親の縁で十手を戴いていたらしい。 苗字の通りに千葉周作とよく似た顔の駅長さんであった。 紫モクレン南天の並び真ん前にその十手を納めていたようである。 十手だよ、十手だよというような木の枝ぶり。 紫モクレン南天とは、薩摩上げという意味内容である。 日本のおかずの一番定番であった薩摩揚げの名も京都二条城の誠約束を根拠としたものではなかったか。
   天保の目明し約束の誠実履行を昔は固く信じていた、と美智子様も語っておられたという。 捕物帳が流行った理由でもあろう。 平次捕物帳の作者も岩手の旧家出身であった。