送り狼の心はなかったと言い切れるようである。 日本を袖呼ばわりして本国を中心に考えるのは自然な事であるが、派遣要請を断ったということにはならないようである。

 確かに中華意識が、日本の神話制作と建国の経緯及び言葉遣いに影響を及ぼしてきたことは否めない事である。
 一説によると国家が日本対応を意識していたのは、この古代時代と明朝だけであったという。 
 確かに魏の時代だけは、国名そのままに、国家的な険しい迷い道案内の魂胆があからさまである。
 その工作はチベットを越えタミルにまで及んでいたのではなかろうか。 その精神の脈は長く続いて、地下活動班の伝統となっていたのかもしれない。 しかし彼のシロなるものを四川の山中に隔離しようが、半島の新羅に外し置こうが、またチベットに蔵し置こうが、なお送り狼を働こうというのではない。 送り狼は襲って食べてしまうことなのである。