高遠氏の姉娘は上の家の神官様を尊敬していた。

 「旦那様は地域の生きる希望を担っておられました。 未知の恒河沙世界に開けた窓でした。」
 「肩を持つのか、お前はワシの娘でない。」
 事件前の段階の会話と取るべきか。
 ここに更に、食い太りで野蛮人スタイルの平岡氏が現れる。 後に世界に知られる思想家の一族の一人であろうか。 確かに太り気味ではあるが頬ラインの辺り似ていなくもない。 同じ平岡氏の者が澤内村の代官として名を現していることもあった。
 率直心による言であろう ― ワガハイはみだぐねしてながなが引き立てがない。 大枚の金いただいて、野人務めやってしまった。 しかしこれも、以下に記すように、藩内命のお仕事であったと言えるであろう。 
 髭もじゃの尾崎清彦さんが歌う 「二人でドアを閉めて、二人で名前消して、その時ココロは何かを話すだろう。」 という意味不明快の歌詞が、この時の事情を語っているようである。 顔も清彦さんぐらいの若者だったのかもしれない。 「親父の児として歌を歌っているよ、イエスキリスト様のご登場じゃないよ。」 正直潔白の認印として、野人改めて聖人としか見えない二枚目のお顔が頼まれているのであろう。
 かくて、親に引導を渡された姉娘は姿を消す。 玄関出口のどんぐりの下に置かれているのではないかという暗示を受けることがあった。 
 妹娘も神社勤めに出ていて、神官の生活域にも出入りしていたのであろう。 ある時、阿片毒物の疑いを持った神官が室内の壺を手にして検めようとしたところ、こけ猿の壺を抱えて走り回る丹下左膳のみなし児のように、少女がその壺を抱えて走り出ようとするではないか。
 とにかくこれでこの小娘の有罪は決まった。 何のアイデアであったろうか、神官はこの少女を動物のように這いつくばらせ、その尻を打ったらしいのであるが、どういう訳か人の目に付く屋外での所業であったようだ。 かえって、自分が悪いとも思わない懲罰的行為であったのであろうが、管轄の者としては、あからさまな目撃証言と共に番所に訴え出られては、すべて藩の密命あることであろうとも処理しずらい事の次第となる。 
 結局、上の家の神官は一切罪を問われる場合ではなかった。 少年(児童)虐待の一件だなぁ、と呟いて上の家を去ったのが後に藩士の位を失うことになる佐橋氏であったろうか。 十三歳少女虐待灰色調べというようなものはしかし地域の古文書記録に残されているのであろうか。
 藩の目論見がひとつ関わって濃厚であることの証拠に、登場者が南部氏以前の領主系である佐橋氏とやはり前領主の重臣系である高遠氏とそろえられているということがある。 近年に佐橋氏は身内の者が構え無き者の罰として番所前で切り捨てられ、更に盗伐一大事件の責任官として永遠に給仕人の位を外されることになる。 (後に、本内部落中藪入り事件の被害者にもなっていたという。 重士した、重士した、という噂言葉の重士とは佐橋氏のことであったのである。 ついでに番所前で命を落とした若者は、渡辺真智子さんが歌う迷い道くねくねの少年のモデルになっていると思われるのであるが、そうなる訳は前回触れた一ファミリー無制限計画に基づくヨーロッパ上陸作戦にあるのである。 とすると、澤内を実家とする子孫達の出征もあったのかと思ったのであるが、落ち着いて考えると、番所は遥か南方の右衛門家門前の街道にあった。 白木峠道を下って、夕寒の中、番所相手に身分差を弁えない酒代ねだりに出るまでの道筋が、組織の打ち明けと残されている資料とによって読めてくるようである。)

 今日はここまでとします。