細川氏の湯田澤内行状記

  (安全情報

 美容院でのマッサージ。 
 男女間の擦(こす)れ合い擦(さす)り合い。
 握る物、捏ねる物。

 地下見物。

Signature  Thank you, Adams and cooperators, very very much, Now I understand. Every name and honor should be attributed to you.) 

 細川は湯本と澤内の二ヶ所に住まいを置いた。

 湯本では老舗の宿に部屋を借り、湯本には物があるなぁと話していたという。
 宿近くで、眼の大きなインド人のように肌の黒い娘さんと出会うことがあったらしい。 セットされた舞台の計画的遂行であったらしく、地下から何人かの眼が一部始終を観察していたようなレポートがある。
 とにかく「おひな様」のインドお嬢さんはここで生命を断つことになる。 倒れた女性の首を絞めているようだという眼もあったが、実は細川は倒れてしまった女性の息を確かめていたのである。
 普通に警察が呼ばれ、細川は取り調べを受ける。 外傷も見当たらなかったようである。 テニスをしてしまったと話していたというから、何にも無かったとは言えまい。 おひな様は人並みを越えて背の高い人であったと思われる。 
 警察官は地下の仕事すべてを弁えていた人であったのかもしれない。 「純朴な人ですな。」と言って細川を無罪放免とする。
 
 日色ともえさんのような若い娘さんに一目ぼれしていて、私の大事な旦那様と待遇してくれるお内儀相手にその憧れ心を打ち明ける細川の願い通りに、かりんとちゃんの愛ちゃんは細川と合い、何と、簡略ながらも夫婦の儀式を遂げるに至ったのだという。
 残念ながら別れることになるのであるが、愛ちゃんは細川の生活支援を続けたのだという。 愛ちゃんは太郎の嫁になる、という歌があった。

 次に細川は澤内の太田寺に宿を求める。 すでに悪評判が立っていたらしい、 
 太田寺こそは因縁の深い場所であった。 細川は思う存分に利用されたのである。 山から寺に下りて来られるんだよ、と宣戦布告されていた地域であった。 
 和尚さんは寺の周りの事も自分の事もほとんど無自覚の方で、簡単に表面的に悪者を見つけた気でおられるような方であった。 そんな事はなんでもないの、こんな心の優しい和尚さんは二人といない故郷自慢の仏心御実体です。 誰も文句のない事であるが、和尚さんはしかし家族の不幸に見舞われ続ける。 小学校の前が事故現場であったが、ここは細川疑惑事件として小学生児童が無残死を遂げて遺体を見つけられた所でもあった。 
 寺の裏でも殺人事件が起きていた。 この場合は被害者は地域十勇士子孫の男性であった。 小学生も同系列の子孫であったという。 
 殺人事件というものに初めて出くわした和尚さんは細川を犯人と決めていたようである。 何故警察を呼んで逮捕してしまわないのか不思議でならないのである。
 細川も心がくたびれ始めていたのか一段と素行がよくなかったようである。 隣の禅宗寺のお寺住まいの女性を認めて路上を歩くようになり、やがて脚も利かなくなって椅子に座っているだけの身辺となる。 その女性も、何かの決心があったのか遂には細川を迎えることがあったという。

 その生命を「失す」と覚悟していた細川の火葬骨は、そのまま十勇士被害現場の真ん前の壇上に置かれている。 昭和25年の月日の事と推定する。

 「瞬間死?」と細川は、世話係の女性の言葉を聞きとめて、何か思い当ることがあるかのように静かに考える瞬間があったという。

 瞬間に生命を断つということはなかなかあり得ない難しい技である。