細川氏疑惑補遺

  (安全情報

 美容院でのマッサージ。 
 男女間の擦(こす)れ合い擦(さす)り合い。
 握る物、捏ねる物。

 地下見物。

 Signature  Thank you, Adams and cooperators, very very much, Now I understand. Every name and honor should be attributed to you.)  


 組織画家はアジア人を極悪に塗りたくり、言い広めようとしていることがある。
 被害者の救助の為に、その汚名を雪がなければならない。 わずかにこの窓口を通す以外に、組織は後でその嘘を認め、公正を遂げる責任感にはいないようである。
 何を言わんかな、地下組織世界史とは全身嘘欺瞞でそのスケジュールを歩き終えるものである、と言われればその通りである。

 細川なる者の誹謗作戦は一貫して執拗なものであった。 昭和25年中に葬られざるしかばねと成り果てようとも、なおも生きている者であるが如く毒々しい邪悪の泥塗り芝居に登場させられる。
 神宮参道上のペテン計画も大胆で残虐なものであったが、場所が場所であっただけに何か考えさせられるものがある。 疑いあるべからざる現つ神の流れにあえて触れ、冒涜した者として「国家」から処罰追放の刑を下すという舞台演技であったのかもしれない。
 氏はなぜか日本の歴史の「透徹者」であったらしく、近代の欺瞞を悼み嘆くばかりの真情吐露と、「国家」の禁忌をおかす率直発言とによって、ある種の嫌疑を抱かれていたのかもしれない。

 今回は氏疑惑の最初の捜査現場について新たな確認証言が入ったので、ここにメモし公表することとしたい。
 大手門方角に、「草叢痴漢団をわざと配置した。」 氏はその頃、独自に自らの名古屋背景に気が付き、ある女性を見続けなければならないと徒歩で大手門前に通い続けていたのである。 珍しい長い距離であったという、母親辺りからの証言がある。
 この場合は色好みの長距離通勤というものではなく、純粋に私立探偵的調査行動であったのである。